That is not dead...

このエントリは、id:Nephren-Ka様のこちらの記事 (アルハザードの対句 - 新・凡々ブログ) を参照しながら読んでいただくとわかりやすいかもしれません。

That is not dead which can eternal lie,
And with strange aeons even death may die. *1


これは、『ネクロノミコン』の一節という触れこみで、H.P.ラブクラフトの『クトゥルーの呼び声』(The Call of Cthulhu) をはじめとしたクトゥルー神話系の作品によく引用される、有名な2行連句です。


先日、Alice at R'lyeh(『アリス、ルルイエに行く』) というオンラインで発表されている詩形式の作品を読んでいたところ、この連句の解釈、翻訳に関係するかもしれない、個人的には興味深いことに気がつきました。


"Alice at R'lyeh" には、ラブクラフト御大がキャラクターのひとりとして登場します。その彼が、アリスにクトゥルーのことを説明しようとするくだりで、このような台詞を言います。

"'That which is not dead may eternal lie!'"


from "Alice at R'lyeh" by Murray Ewing, http://www.mjewing.co.uk/alice/alice.php


クトゥルーの呼び声』で引用されるのとは微妙に違ったこの一節が、"Alice at R'lyeh" 一作品に固有のものなのか、それとも、ほかの作品でもそのように表記されたことがあるのかは不勉強にして知りませんが、(ほかの作品に登場しない、ということになると、もともとの英語が現代日常英語としてはやや不自然なものなため、Ewing氏の覚え間違い、書き間違いという可能性も出てくるとおもいます) この台詞をみて、もし、英語的に "That is not dead which can eternal lie" が "That which is not dead may eternal lie" に書き換え可能なのだとすると (あくまでも、もし、です。ネイティブや英語を文法的に解析できるひとに確認したわけではないので、原文の意味をとどめない書き換えになってしまっているのかもしれませんし)*2、この一節の訳しかたに (ほんのすこし) 新しい方向性が現れるのではないかな、とおもったのです。*3


上掲のリンク先にもあるように、これまでになされたこの2行連句の1節めの訳は、おおざっぱに平易な言葉になおすと

  • 「[永遠に横たわる (ことができる) もの] は [死んではいない]」と、
  • 「それは [永遠に横たわる死者] ではない」

の2系統に属するものがほとんどです。(わたしは日本語も文法的に解析できないので、これらの「日→日翻訳」に誤りがあったら、ご指摘いただけると幸いです。) ですが、"That is not dead which can eternal lie" を "That which is not dead may eternal lie" と解釈してもよいのだとしたら、これらとは若干異なった、第3の方向性が生まれるような気がします。


ほんとうに微妙な違いではあるものの、"That which is not dead may eternal lie" という一文は、

  • 「[死んではいないもの] は [永遠に横たわりつづけることができる]」

と和訳することができます。これを踏まえて2行連句全体を訳してみると、

  • 「死んではいないものは永遠に横たわりつづけることができ/奇妙な永劫の果てには死さえも滅んでしまうだろう (長い長い時間がたてば、死さえも超越するだろう)」

という感じになるのではないでしょうか。(解釈の違いを明確にするのが目的なので、かっこいい訳になっていないのは意図的なものです。) 


前述したように、"That which is not dead may eternal lie" という一文は覚え間違い、書き間違いのたぐいである可能性もあり、また、英語的にも完全に一対一で "That is not dead which can eternal lie" と置き換えることができるのかが未確認/未検証です。これを根拠にわたしの和訳の優越性を主張するものでもなければ、この2行連句の偉大な先人の方々の手による既存の和訳を批判しようとするものでも「一切」ない、ということを、最後に付け加えておきたいとおもいます。


細かいことを指摘してるわりに、全体の文意は既存の訳と変わらない? ……うん、そうですね……。

*1:出典: H.P. Lovecraft, "The Call of Cthulhu" in H. P. Lovecraft, (ed. by S. T. Joshi), The Call of Cthulhu and Other Weird Stories. Penguin Books, 1999: p.156.

*2:ちなみに"can" と "may" は単語のレベルで置き換わっていますが、これは「可能」の用法であれば置き換えても意味はおなじ、と解釈できると考えました。

*3:詩的な (韻を踏むための) 書き換えなのかな、とも考えたのですが、文頭にくる語 (That) と文末にくる語 (lie) に変化はないので韻に関係があるわけでもなさそうです。もちろん、わたしが知らない英文詩における押韻の法則 (発音の強弱とか) があるのかもしれないですが。("Alice at〜" では、この一節だけが抜き出されて会話の中に挿入されているので、韻を踏むべき対象の文章がオリジナルと異なります。)