セーラム探索―Nobody Expects A ...

Mine were an old people, and were old even when this land was settled three hundred years before. And they were strange, because they had come as dark furtive folk from opiate southern gardens of orchids, and spoken another tongue before they learnt the tongue of the blue-eyed fishers. ...They had hanged four kinsmen of mine for witchcraft in 1692, but I did not know just where.


私は古い古い起源をもつ人々の系譜につながっている。300年前、この土地への定住がはじまったときには、私の祖先はすでに歴史を刻んでいた。そして、彼らは異様な集団であった。蘭の花咲き乱れる南方の楽園からやってきた陰ある民で、青い目をした漁民たちの話す言葉を学ぶ前には自らのあいだでだけ通じる言語を使っていた。……私の父祖にあたる4人の人間が、魔術を行使したかどで首縊りに処せられた。1692年のことだと聞いているが、具体的な場所を私は知らない。


― H.P.Lovecraft The Festival *1

He was in the changeless, legend-haunted city of Arkham, with its clustering gambrel roofs that sway and sag over attics where witches hid from the King's men in the dark, olden years of the Province. Nor was any spot in that city more steeped in macabre memory than the gable room which harboured him―for it was this house and this room which had likewise harboured old Keziah Mason, whose flight from Salem Gaol at the last no one was ever able to explain. That was in 1692...


彼が住んでいるのは、忌まわしい伝承に彩られ、時の流れも止まってしまったかのようなアーカムの町であった。無数の腰折れ屋根が、まだ、この町が植民地の一部だった往時、魔女たちが国王麾下の捕吏から逃れるために身を潜めた屋根裏部屋を覆って、波立つ水面のように連なっている。しかし、彼が住居としている天井裏の部屋は、そのような町の内においても他に類をみぬほどに呪われた歴史を持っていた。かつて、まさにこの家、この部屋を住処としていたのは、セーラム拘置所から誰にも理解することのできない不可思議な方法で脱走したケザイア・メイソンという名の魔女だった。それは1692年のこと……。


― H.P.Lovecraft The Dreams in the Witch House *2


モンティ・パイソンのネタで有名*3「新大陸」アメリカの地で発生した大規模な「魔女狩り」騒動として有名なセーラム魔女裁判。H.P.ラブクラフトも大きな興味を抱いていたようで、複数の作品でこの事件に言及/イメージを利用しています。冒頭の引用文に登場する1692年は、騒動が起こり、裁判、処刑がおこなわれた年です。


また、ふたつめの『魔女の家の夢』からの引用にあるように、ラブクラフト作品に頻繁に登場する、ミスカトニック大学の所在地でもあるアーカムは、魔女騒動の前後にセーラムから移住 (脱出?) してきた人々によって拓かれたとされているほか、その町並みも、実際の (ラブクラフト生存当時の) セーラムの風景が一部モデルになっているようです*4


そのセーラムは、ボストン近郊にあるちいさな町。現在は、魔女のほか、歴史ある家並みと、市内にあるピーボディ・エセックス博物館を目玉とした観光地になっています。(冬は観光客もすくなく、扉をおろしているアトラクションも多かったのですが、夏場はもっとにぎわうんだとおもいます。)


Salem Witch Museum (セーラム魔女博物館)。人形を使った再演と、展示館のガイドつきツアーの二本立てで魔女裁判事件と「魔女」の歴史を解説してくれます。おどろおどろしい演出もあったりはしますが、見世物小屋的な方向に走ったりはせず、ナレーションや展示、説明もなかなか啓蒙的なものでした。(オカルト好きなむきには物足りない内容かもしれないですが……。)


ちなみに、今回わたしたちは時間がなかったので飛ばしてしまいましたが、セーラムには魔女牢獄博物館 (Salem Witch Dungeon)、魔女歴史博物館 (Witch History Museum; 裁判の再現劇を見ることができるそう。冬季は休業) など、ほかにも魔女裁判を題材にした展示館があります。


こちらが、クトゥルーものにはなじみ深く響くかもしれない名前の Peabody Essex Museum (ピーボディ・エセックス博物館)。なかなか近代的な建物です。わたしたちが訪れたときには紫禁城の特別展示をやっており (セーラムは一時期、中国との海上貿易の拠点のひとつだったことがあり、その関係でこの博物館にもアジア関連の美術品が多く収蔵されているようです)、盛況でした。(ここも時間の都合で中には入っていません。)


お土産ものに魔女がフィーチャーされていたり、メインストリートに観光客むけっぽい占い師やオカルトグッズ店の看板があったり……。



扱っているのはベストセラーが主でしたが、なんか雰囲気のあった古本屋さん。


Witch House (魔女の家)。魔女裁判に直接関係のある建造物の中で、セーラム市内に現存する唯一のもの。ただし、実際に「魔女」として検挙された人物が住んでいたわけではなく、裁判に関与した判事ジョナサン・コーウィン氏の家でした。1642年に建てられたようですね。


セーラムには、ナサニエル・ホーソーン『七破風の家』(The House of Seven Gables) のモデルとなった家も残っており、展示館として公開されています。こちらも17世紀に建造されたものです。*5(今回は立ち寄れませんでした。) また、隣町のダンヴァース (魔女裁判当時はセーラム・ビレッジという名称で、騒動の発端となった事件は実際にはこちらで起きました) には、魔女として検挙され処刑された人物のひとり、レベッカ・ナースが住んでいた地所があり、こちらも夏季には一般公開されているようです。*6


ところで、S.T. Joshi氏によれば、ラブクラフトは「欧州とアメリカにおける魔女 (魔術) カルトは、弾圧されたものの各地に潜んで伝統を伝えつづけてきた古代の民族集団に起源する」というマーガレット・A・マリーの「研究」(現在はその主張には疑問が呈されている) を読んでおり、それに触発されて"The Festival" (邦題『祝祭』『魔宴』など) を執筆したということです。*7


人類の (あるいは西洋人の) 知っている歴史から外れたところに異種なる「なにものか」が潜んでいて、太古の昔から歴史を刻んでいた/ときおり「人類」の世界にあらわれて接触がある、というテーマはラブクラフトの創作テーマ (いわゆる「コズミック・ホラー」の世界観) とも共通点があるようで興味深いですね。




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*1:出典: H.P. Lovecraft, "The Festival" in H. P. Lovecraft, (ed. by S. T. Joshi), The Call of Cthulhu and Other Weird Stories. Penguin Books, 1999: p.109-110. 翻訳文は筆者による

*2:出典: H.P. Lovecraft, "The Dreams in the Witch House." Text from Wikisource: http://en.wikisource.org/wiki/The_Dreams_in_the_Witch-House. 翻訳文は筆者による

*3:それは「スペイン宗教裁判」

*4:"Salem... is the vague prototype of my 'Arkham.'" H.P. Lovecraft, Selected Letters, Vol.5: p.384, qtd. in S.T. Joshi, Explanatory Notes to Pickman's Model by H.P. Lovecraft [H. P. Lovecraft, (ed. by S. T. Joshi), The Thing on the Doorstep and Other Weird Stories. Penguin Books, 2001: p.384 (Note 4).]

*5:http://en.wikipedia.org/wiki/House_of_the_Seven_Gables

*6:http://en.wikipedia.org/wiki/Rebecca_Nurse_Homestead

*7:S.T. Joshi, Explanatory Notes to The Festival by H.P. Lovecraft [H. P. Lovecraft, (ed. by S. T. Joshi), The Call of Cthulhu and Other Weird Stories. Penguin Books, 1999: p.385.]