120年

パターン1:

わたしはアーカムではルームメイトと共にアパートの一室を借りて住んでいるのですが、ちょうど真上の部屋に、ひとり暮らしの老人が入居しています。かなりの高齢で、外を歩いているのを見ることはほとんどありません。家族や友人が訪ねてくることもないようです。彼の部屋は、どんな日でも必ずクーラーが最高出力でつけられていて、ひんやりとした空気がドアの前まで流れてきます。室内はいつも、消毒剤と漢方薬を混ぜたような奇妙な匂いで満たされています。わたしが彼のことを知っているのは、わたしのいまのルームメイトのニシちゃんが、彼に頼まれて (おそらく大学の研究室から) 薬品類をもらい、届けにいくことがときどきあるからです。


ニシちゃんによると、今日が彼の120歳の誕生日だったそうです。彼のファーストネームはハワードといいます。



パターン2:

わたしはアーカムではルームメイトと共にアパートの一室を借りて住んでいるのですが、ちょうど真上の部屋に、ひとり暮らしの老人が入居しています。かなりの高齢で、外を歩いているのを見ることはほとんどありません。


今日の午後、玄関のドアがノックされました。応対すると、ワイシャツ姿の男性がふたり。我が家の階上の住人の120歳の誕生日を祝うために、保険会社だか社会保険事務所だかからやってきたとわたしに告げました。ふたりはしかし、本人に会うことはできなかったようでした。部屋にいた曾孫だという青年が出てきて、具合が悪くて寝ている、と言われたのだそうです。


ふたりはそのあと、老人の普段の様子を聞くために、アパートの他の住人にあたっているのでした。わたしが老人の曾孫と名乗った若者の外見を訊ねると、ふたりは腕を組み、考え込んでしまいました。よくある顔だったはずなのだけれど、平凡すぎるせいなのかどうか、どうしても容貌を思い出すことができない、ということでした。わたしは、外を歩いていることはあまりないし、家族や友人が訪ねてくることもめったにないようだ、と彼らに言い、ふたりは帰っていきました。


夜。自分の寝室で机にむかって本を読んでいると、窓の外から鳥の羽音のようなものが聞こえます。なんだろう、と思ってのぞいてみると、上階の部屋の窓があるらしいあたりに、翼のある何かがするり、と入っていくところでした。その何かの胴体は、薄いピンク色でした。尾なのかなんなのかわからないけれど、身体の後ろのほうには、節足動物の足のようなものが生えていました。


老人のファーストネームはハワードといいます。


Happy Birthday, Mr. Lovecraft.



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