『てるてる☆はあと』(翻訳)

この流れで、翻訳ネタをもうひとつアップしておこうとおもいます。だいぶ前に冒頭部だけを訳してみた「てるてる☆はあと」(エドガー・アラン・ポオの『告げ口心臓』[原題: The Tell-Tale Heart] のヤンデレ? 風翻案) を、すこしだけ方向性を変えて、全文訳してみたもの。翻訳そのものは終わっていたのですが、個人的な判断で、ちょっとの間、公開を自粛しておりました。


方向性については、いくつかおもいついたのですが、とりあえず、物語の主人公 (語り手) をヤンデレ(?)メイドさん*1 もういっぽうの登場人物である "the old man" をそのご主人さまと解釈して、文体だけその設定に合わせ、内容はほぼ原文に忠実に翻訳、ということにしました。


ちなみに、主人公 ( "I" ) の性別は原文の文中に特に明記されておらず (一般的には男性と解釈されているようです)、"the old man" との関係も詳しくは述べられていない (語り手の父、あるいは雇用主と解釈するのが一般的なようです) なので、「原文の登場人物や主題を使って、内容や構成を変える」という意味での「翻案」ではなく、ふつうの「翻訳」に近いものになっています。(文体と一部の表現、ごく一部の内容はいじってありますが。)


あと、中盤のあたり、もっとブっ飛んだ感じにしたほうがいいのかな、ともおもったのですが、私の想像力、文章力でそれをやると収拾がつかなくなる気もしたので、わりと保守的な訳になってしまってはいるとおもいます。


(いちおう猟奇(?)殺人ものなので、収納しておきます。本文は「続きを読む」をクリックで展開します。)


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『てるてる☆はあと』
エドガー・アラン・ポオ 作/高家あさひ 訳


 たしかに私は、すごく、すごく神経質になっていましたし、いまでもそうだと思います。
 だけど、なんで、どうして私のこと、病んでるなんて言うんですか? 
 私は病んでなんかいません。
 精神が侵されているとか鈍くなっているなんて思わないでください。
 むしろ、鋭敏になっているのですから。
 特に、聴覚は、これまでにないくらい研ぎ澄まされています。
 天界で起きていること、地上で起きていること、ぜーんぶ耳にはいってきます。
 地獄の底の音だって、ほとんど……。
 ね、病んでなんかいないでしょう? 
 だから、口を挟まないでいただけますか。
 私が病んでいるかどうかは、私がこれから語る内容を聞いてから判断してください。
 とても落ち着いて、論理的に話すことができるのですから。


 なんで「殺してしまいたい」と思うようになったのかは、自分でもよくわかりません。
 だけど、いちど思いはじめたら、朝も夜も、頭の中は、そのことでいっぱいでした。
 動機? 
 わかりません。
 恨み? 
 ぜんぜん。
 だって、ご主人さまのこと、大好きでしたもの。
 いつだって優しくて、私をいじめるようなこともなくて……。
 財産? 
 考えたこともありませんでした。
 でも、そうね。眼かもしれません。
 そう、眼です。間違いないわ。
 旦那さまの片方の眼は、ハゲタカの眼のようでした。
 薄い青色で、膜がかかったようになっていて。
 その眼で見られるたびに、ぞわぞわっとキたのです。
 そして、何度も何度も見つめられてるうちに、だんだん、だんだん、我慢ができなくなってきました。
 もう、たまらない、殺しちゃいたい。そう思うようになっていました。


 ここからが大事なとこだから、ちゃんと聞いてくださいね。
 私のことを病んでるって言うけれど、本当に病んでいたら、なにもかも、わけがわからなくなってしまうのではないですか? 
 あなたがずっと私の行動を見ていたのだとしたら、私がどれだけ注意深く綿密に計画を練って、先々のことをちゃんと予測して、隠蔽工作のことも考えてから、ことに至ったかを知っていたら、そのような判断は下さなかっただろうと思いますよ。
 殺害に至るまでの一週間、私はご主人さまにとってもとっても親切にしました。
 そうして、毎晩、真夜中の十二時きっかりに、ご主人さまの寝室のドアを開けるようにしました。
 ドアノブを静かぁにまわして、私の頭が通るくらいの隙間ができたら、まず私は、光が漏れないようにぴったりカヴァーを閉じたランタンを差し入れて、そのあとから自分の頭をさしこみました。
 笑っちゃうほどに気をつかって。
 ご主人さまの眠りを邪魔しないように、ゆーっくり、ゆっくり動いていたから、ベッドに寝ているご主人さまの姿が目に入るくらいまで頭を入れるのに、いつも一時間はかかりました。
 ふふっ。病んでるひとが、そんなに慎重に行動できると思いますか? 
 頭が十分に部屋の中に入ったら、ランタンのカヴァーを開くのです。
 そおっと、そおっと。カヴァーの蝶番がキイキイいわないように。
 それから、ご主人さまの片方の眼にだけちょうど光があたるように、隙間を細ぉくする。
 これを七日間、毎晩、深夜十二時ぴったりにし続けました。
 だけど、ご主人さまのハゲタカの眼は、いつも閉じられていました。
 だから、ことに至るまでいかなかったのです。
 だって、私を興奮させるのは、ご主人さまの姿そのものではなくて、邪眼の輝きのほうだったから。
 そして、朝が来ると、私は寝室になにごともなかったかのように入っていって、ご挨拶をしました。
「おはようございます、ご主人さま。ゆっくりお休みになられましたか?」
 もしご主人さまが、私が毎晩、十二時ぴったりに部屋に忍び込んで、ご主人さまのことを観察していることに気がついていたとしたら、ご主人さまはよっぽど鋭い洞察力の持ち主だった、ということになるでしょうね。


 八日目の夜、私はそれまでよりも注意深くドアを開けました。
 時計の針がとても速く進んでいくような気がしました。
 その夜は、いつになく、自分が偉大で機知にあふれているように感じられて、喜びをおさえることができなかった。
 私がドアをゆっくりゆっくり開いているのに、ご主人さまは私が何をしようとしているのか、まったく気づかずに寝ているんだわ。
 わたしはその考えに、つい、くすりと笑いを漏らしてしまいました。
 もしかすると、その声を聞かれてしまったのかもしれません。
 ご主人さまは、ベッドの上で、びくっ、と体を動かしたのです。
 そこで私は部屋から逃げ出した、そう思うでしょう? 
 でも、違うの。いつも、泥棒を用心して鎧戸をしっかり閉めてあるから、部屋の中は濃い暗闇につつまれて、タールを塗りこめたように真っ暗なのです。
 だから、私がドアを開けようとしているのも、ご主人さまには見えるわけがない。
 私はドアを開き続けました。
 少しずつ、少しずつ。


 ドアの隙間に頭を通して、ランタンのカヴァーを開けようしたとき、私はついうっかり、金属の留め具の上で手をすべらしてしまいました。
 ご主人さまはすぐさま跳ね起きて、こう叫ばれました。「誰だ?」


 私は口をつぐんで、動きを止めました。
 一時間ずーっと、筋肉ひとつ動かさないでじっとしていたのです。
 けれども、それだけ時間が経っても、ご主人さまがふたたび横になった気配は伝わってきませんでした。
 ご主人さまは、ベッドの上に起き上がったまま、耳をこらしておられたのです。
 ちょうど私が毎晩毎晩、壁に埋められた時計が死の時を刻むのに聞き入っていたのと同じように。


 しばらくして、ちいさな呻き声が聞こえました。
 それが死の恐怖に怯えた声であることに、私は気づいていました。
 単なる痛みや悲しみに上げる呻きでは決してない、心が畏れに支配されたときに魂の底から沁み出してくる、低い、息を詰まらせたような声。
 私が何度も何度も聞いたことのある声でした。
 幾晩も幾晩も、世界のすべてが眠りについた真夜中十二時にきっかりと、恐ろしい反響をともなって、私の胸の奥底から湧きあがってきては、私を悩ませたあの深遠なる音。
 とってもよく知っている響きだったのです。
 だから、ご主人さまがどんな感情を抱いておられるのか、私にはよぉくわかりました。
 そして、ご主人さまに、すこしだけ同情したりもしました。
 心の中では笑っていたのですけれども。
 最初にかすかな音を聞いてベッドの上で体を動かしたときから、ご主人さまはずっと起きておいでだったのでしょう。
 目を覚ましてからそれまでの間に、ご主人さまの中では恐怖が大きく大きく育っていたはずです。
 根拠のないものだ、と抑えつけようとしても、なくならない恐怖が。
 ご主人さまは、こうご自分に言い聞かせていらっしゃったのではないでしょうか。
『いまのは、煙突に風が吹きつける音だ。いまのは、ネズミが床の上を走る音。いまのは、鳴こうとしたけれど一節だけで黙ったコオロギの声に違いない』
 そう、そうやって考えることで、ご主人さまはご自分の心を落ち着けようとされていたのです。
 だけど、それらの努力は全部無駄だった。
 無駄だったんです。
 だって、ご主人さまに忍び寄ってきていた死神は、大きな影をひろげて、その中にご主人さまを包みこんでしまっていたのだから。
 ご主人さまは私の頭がそこにあって部屋の中を覗きこんでいることを、見ることも、聞くことも、感じとることもできなかったけれど、近寄ってくる死が投げかけてくる触れることのできないくらぁい影が、ご主人さまにそのような恐怖の感情を抱かせていたのです。


 私は辛抱強く、その場で待ちました。
 けれども、ご主人さまがふたたびベッドに横たわる音が聞こえることはありませんでした。
 そこで私は、ランタンのカヴァーをちょっとだけ、本当に、ほーんのちょこっとだけ、開けることにしました。
 注意深く、そおっと、静かに、静かに……。
 そして、薄暗い光、蜘蛛が吐き出す糸のように細ぉい光がカヴァーの隙間から漏れ出して、ハゲタカの眼の上に、さっと射したのです。


 眼は、開かれていました。
 大きく、大きく見開かれていたのです。
 私は、自分の体の中で興奮がふつふつと煮えたぎってくるのを感じました。
 ご主人さまのハゲタカの眼の特徴を、余すところなく鑑賞することができたのです。
 鈍い青色に満たされた瞳。
 それを覆う、どろんとした皮膜。
 骨の髄まできゅんっ、となってしまいそうな……。
 けれども、ご主人さまの顔の他の部分や体は闇に沈んだままで、見ることはできませんでした。
 私が、ランタンから漏れる細い光を、ぴったりその眼のところにだけ注ぐようにしていたから。
 まるで、本能に導かれたかのように。


 あなたは私のことを病んでいる、と言うけれど、あなたは間違っていて、私は神経がとても鋭敏になっているだけ。
 そのことは、もう申し上げましたね。
 その晩も、似たような状態だったのだと思います。
 ちょうどそのとき、私の耳に、低い、くぐもった、短い周期の音が聞こえてきました。
 時計を綿にくるんだときに漏れ聞こえてくるような音。
 その音も、私にとってなじみ深いものでした。
 ご主人さまの心臓の鼓動の音だったのです。
 戦場で打ち鳴らされる太鼓の響きが兵士たちの士気を高めるのと同じように、その音は、私をもっともっと燃えたぎらせました。


 けれども私は動きませんでした。
 じっと息を潜めたままでいたのです。
 ランタンを揺らさないようにして、光の筋をご主人さまのハゲタカの眼の上にとどめておこうとしました。
 そうしている間にも、心臓が脈打つ音はだんだん激しくなっていきます。
 一秒ごとに、リズムが速くなり、音量も大きくなるようでした。
 ご主人さまは、よほどの恐怖にさいなまれておられたのでしょう。
 音は時を追うごとに、どんどんどんどんどんどんどんどん大きくなっていったのです。
 私が言おうとしていること、おわかりになりますか? 
 神経が鋭敏になっていた、と申し上げましたよね。
 五感が研ぎ澄まされた状態で、しかも真夜中の、草木も眠る時間帯、お屋敷を満たす死んだような静けさの中で聞く心臓の音。
 私はもう、くらくらするほどの高揚感を覚えていました。
 それでも私は、それから数分の間、どうにか衝動を抑えて、その場に立ち続けたのです。だけど、脈動の音はだんだんだんだんうるさくなっていく。
 ご主人さまの心臓は、はち切れてしまうのではないだろうか。
 そして、そのとき、とある不安が私の心をわしづかみにしたのです。
 両隣の住人に、この音が聞かれてしまう! ご主人さまには死んでもらわなくては! 
 私は叫び声を上げながらランタンのカバーを全開にして、部屋に飛び込んでいきました。
 ご主人さまの口から、悲鳴が漏れました。
 それは短い、とても短いものでした。
 一瞬のうちに私はご主人さまを床に引きずり落とし、その頭にバールのようなものを振りおろしていたのです。
 そして、自分が成し遂げたことを前にして、わたしはにんまり笑いました。
 それからしばらくの間、心臓はくぐもった音を響かせて鼓動を続けていました。
 でも、もう気にはならなかった。
 音量はちいさくなっていて、壁ごしに聞かれる恐れはなかったから。
 やがて、音は消えました。
 ご主人さまが死んだのです。
 私は死体になったご主人さまに触れました。
 ご主人さまは間違いなく死んでいました。
 石のように動かなくなっていました。
 私はご主人さまの胸の上に手を置いて、長い間待ちました。
 脈動はありませんでした。
 ご主人さまは死んだのです。
 ご主人さまのハゲタカの眼が私を惑わすことは、もうないのです。


 これでもまだ、私の正気を疑っておられますか? 
 もしそうだとしても、私がいかに慎重にご主人さまの遺体を処理したか、それを聞いたら考えを改められるだろう思います。
 夜明けが近づいてきていたので、私は物音を立てないように気をつけながら、急いで作業にとりかかりました。
 まず私は、死体を切り分けました。
 頭を切断し、腕と脚も切り離しました。


 次に私は、寝室の床から板を三枚引き剥がし、床下の角材の隙間に、なにもかもみんな、落とし込んだのです。
 それから私は床板を、きれいにきれいに元に戻しました。
 誰が見ても、もし万一ご主人さまが例のハゲタカの眼で見たとしても、そこに異常を感じとることはできなかったでしょう。
 どんなにちいさな血痕も、ちいさなちいさな染みのひとつさえも残っていませんでした。
 それだけ注意深く後始末をしたのです。
 そういったものは全部、桶の中。うふふ。


 すべての作業が終わったとき、時刻は四時になるところでした。
 外はまだ、真夜中と同じくらい暗い闇に閉ざされていました。
 鐘が四回鳴って時刻を告げたとき、玄関のドアをノックする者がありました。
 私はおだやかな気分で応対しに行きました。
 恐れるものはなにもなかったのですから。
 ドアを開けると、三人の殿方が入っていらっしゃいました。
 三人は終始柔らかい物腰で、警察官であると名乗られました。
 それから、このように言われました。
 ご近所の方から、夜中にこのお屋敷から悲鳴が聞こえたとの通報がありました。犯罪が行われた可能性もある。我々は、敷地内を捜査するようにとの命を受け、出動してきた次第です。


 何を心配する必要があったでしょう。
 私は笑顔で殿方たちを迎え入れました。
 その悲鳴は、私が寝惚けてあげたものに違いありません。ご主人さまは外国に行かれておりますの。
 私は三人を案内して、家の中じゅうをまわり、彼らに隅々まで、本当にすみっずみまで検分してもらいました。
 最後に私は三人を、ご主人さまの寝室に連れていきました。
 ご主人さまの宝石やお金に、まったく手がつけられていないのを見せました。
 私は、自分がした工作のできに大満足でした。
 だから、その部屋に椅子を運んで、三人にそこで足を休めてもらうことにしたのです。
 そして私自身は、成功の喜びをひそかにかみしめながら、死体を隠したまさにその場所の上に椅子を置き、腰かけました。


 捜査員の方々は、なんの疑いも持たず、ひと仕事終わった、と満足しておられるようでした。
 私の落ち着いた応対も、彼らを納得させるのに一役買ったのだと思います。
 私自身も、くつろいだ気分になっていました。
 椅子に座った三人は、私が彼らの質問に朗らかに答えるかたわらで、とりとめのない雑談をはじめておられました。
 けれども。
 それほど時間が経たないうちに、私は寒気に襲われ、自分の顔が青くなっていくのを感じました。
 早く帰ってくれないかな。
 そろそろ帰れよ。
 襲ってくる頭痛。
 耳の中で響くちいさな音。
 しかし三人はなかなか腰を上げず、雑談を続けるのでした。
 耳の中の音がしだいに大きくなり、私はキモチワルさを追いやるように、積極的に会話に参加するようにしました。
 それでも音は消えず、それどころか、どんどんはっきり聞こえるようになったのです。
 しまいに、私は気づきました。
 音は、私の耳の中で鳴っているのではないのだ、と。


 そのことに気がついたとき、私の顔は蒼白になっていたと思います。
 私はそれをまぎらわせようと、より明るい声で、より饒舌にしゃべりました。
 他になにかできることがあったかしら? 
 それは、低い、くぐもった、短い周期の音でした。
 そう、時計を綿にくるんだときに漏れ聞こえてくるような音。
 時計を綿にくるんだときに漏れ聞こえてくるような、あの音! 
 私は息を飲みました。
 ただ、三人の耳にその音は届いていないようでした。
「そうですよね、そうですよね。私も、いっつも困るなあ、って思っていたんですよぉ」
 私は早口になり、より精力的に話しだしました。
 だけど、音はだんだんだんだん大きくなってくるのです。
 私は椅子から立ち上がり、どうでもいいことに熱心に反論してみたりしました。
 高い声を上げて、おおげさな身振りを交えたりしながら。
 なのに、音はまだまだまだまだ大きくなっていきます。
 なんで、なんで帰ってくれないの? 
 私は、なにバカバカしいことばっかり喋ってんのよ、とばかりに、足音を立てて部屋を歩きまわりました。
 それでも、音はどんどんどんどん大きくなります。
 どうしたらいいの。
 私に、どうしろっていうの? 
 私は怒り狂い、わめきちらし、罵りの言葉を吐きました。
 それまで自分が座っていた椅子を持ち上げて、床板にグリグリと押しつけたりもしました。
 そこまでしているのに、音は一段と高くなって、さらにさらに大きくなっていきました。
 どくん、どくん、どくん。
 けれども三人は、にこやかに雑談を続けているのです。
 この音が聞こえてないなんてことがある? 
 そんなこと、ありえるわけ? 
 違う、違う違う違う。聞こえていたのよ! 
 ずっと私のこと疑っていたのね。
 最初から気づいていたのよ。
 最初っから知っていたくせに、私が恐怖に苛まれているのを、わざとほったらかしにして、笑って見ていたんだわ。
 このドSどもめ! 
 そのとき衝動的に思いついたことではあったけれど、考えはいまでも変わっていません。
 どうなってもいい。
 とにかく、この苦痛から抜け出したい。
 どんな辱めを受けることになっても、こうして愚弄されている今の状態よりはマシなはずだわ。
 その、わざとらしい笑顔を向けるのをやめて! 
 叫び声を、叫び声をあげさせて。
 でないと、死んでしまう! 
 そしてまた、そんなときにまで。
 どくん、どくん、どくん、どくん!
   

「やめて!」
 私は泣き叫びました。
「もうやめて! やりました。私がやったんです! 板を、床板をめくってみてください。そこ。そう、そこ。この音は、そこにあるご主人さまの心臓の音なんです!」



*****
全文を翻訳するにあたっては、Wikisourceのテキストを底本にしました。 (http://en.wikisource.org/wiki/The_Tell-Tale_Heart)

なお、本作品の英語による原文は、1923年1月1日以前に発表され、また原作者の死後50年以上が経過しているため、アメリカ、日本両国でパブリックドメインに帰属しています。 

翻訳文のライセンスは、Creative Commons Attribution-Noncommercial 2.1 Japan Licenseとさせていただきます。


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*1:できればロリメイドさんの姿を脳内補完して読んでください。ソースにしたWikisourceページの解説によれば、この作品は「ゴシック小説の代表的作品と考えられている」そうなので、そうすると、これがほんとのゴシック・ロリータ小説……すみません冗談です。