FP222 - フライング・ポストマン社 テールナンバー222

『嬢ちゃん今度はどこまでだ?』
『ミナカタです』
『山越えか。オヤジが雲が出てたって言ってたから、気を付けな』
『うん。ありがと、イバさん』
 離れていく整備員にお礼を言って、少女はゴーグルをはめ、箒にまたがる。
『フライング・ポストマン社222から地上管制、滑走路への移動許可を』


『FP222から管制塔、着陸態勢』
『管制塔からFP222、進入を継続せよ。前方のドラゴンライダーに追従』
『FP222了解。ドラゴンを視認』
 少女は箒をぎゅっと握りなおした。社の先輩配達員が飛竜の後方乱気流に巻き込まれて墜落するのを目撃してから、混用空港への着陸はいつも緊張する。


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 管制官との無線交信で使われているのは、コールサイン、テールナンバーの組み合わせ。フライング・ポストマン社の社員をはじめとする箒乗りたちは一般的に大きくナンバーが書かれた飛行服を着けるが、ドラゴンライダーが乗る飛竜などの場合、文字通り尻尾に番号が刺青されていることもある。
 まれに、箒乗りの中にも自前の尻尾を持っている者がいる。彼ら彼女らは、飛行歴が長くなってくると、愛着のあるテールナンバーを自らの尻尾に刺青することを好むという。もちろん、尻尾はそんなに太くないので、実用性は全くなく、あくまでもファッション、ジョークとしてである。


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 箒乗りによる郵便サービスを提供する フライング・ポストマン社のキャッチフレーズは "We give you wings, with no wings" (翼はないけれど、あなたの翼になります)。 ライバル関係にあるドラゴンを利用した宅配・輸送サービス会社各社を強く意識したもの。


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 定期航路の中で一番好きな行き先はフカイドだ。嶮しい崖に囲まれた円形の湖。その西岸、水と崖に挟まれたわずかな隙間に十数軒の家が寄り添うようにして建っている。空港はない。湖の上で高度を落とし、桟橋に着陸する。深い青色をたたえた水面めがけて降下していくのは神秘的な体験だった。
 フカイドから飛び立つときは、湖を低空飛行で数周まわり、スピードをつけて上昇する。地形の影響で気流が乱れることが多く、それを知らせるために崖の中腹に村人手作りの吹き流しが設置してある。ここを飛ぶのはフライング・ポストマン社の箒乗りだけ。それほど村の生活に欠かせない存在なのだ。


 地形の特殊性のため、フカイドーマンテンノ間では例外的にフライング・ポストマン社による旅客輸送が認められている。箒乗りが一運行に乗せられる客は一人だけなので運賃も高額だが、毎年2、3件の利用がある。都市の学校に学びに行く若者だったり、フカイドに嫁入り婿入りしてくるひとだったり。
『ボク、大学に行きたいんだ』
 崖に縁取られた丸い空を見上げてタイカイが言った。寄るたびに桟橋で出迎えてくれる子だ。
『そのときはお姉ちゃんが乗せてってくれる?』
『私はまだ飛行時間足りなくて旅客免許ないけど、君が大きくなるまでには絶対取っておくよ』
『じゃあ、ボクも勉強がんばるよ』


『FP222から管制塔、離陸の許……』
『嬢ちゃん、やめろ!』
イバさんが交信に割り込んでくる。規則違反。ゴーグルに大粒の雨があたり、地上にいるのに耳元で風が鳴る。
『管制塔からFP222、滑走路はクリア。風向240風速32』
『FP222了解。直進離陸の許可を』
『進路はクリア……』
 

 フカイドの上空では風が渦巻いていた。吹き流しもちぎれて飛んでしまっている。『何百回も着陸してるんだから』自身に言い聞かせ、湖があるはずの場所にむかって降下を開始する。届けないといけないのだ。今夜中に、この薬を。未来あふれる子供の命がかかっているのだ。タイカイの命が。


***


『いまはフリーになったから、もう服にこの番号を着けて飛ぶことはないけど……』
 彼女は自分の尻尾を両手で握る。少し酔っているようだった。尻尾はしなやかで長く、虎縞がはいっている。
『でも私のテールナンバーは、ずっとこれ』
 先端近くの地肌に刺青がひとつ。彼女はそれを顔の前に差し出す。
 このテールナンバーで、忘れられないフライトを飛んだからね、そう言って、彼女は遠くを見るような目をした。
 濃い青緑色で入れられた刺青は、コールサインとナンバーの組み合わせ。『FP222』と読めた。


(初出: 2009年9月9日〜17日のTwitter投稿)



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