手紙

「親愛なるニイマル。萬天野(まんてんの)にある商人宿で、この手紙を書いています。平原地方の交易の中心になっている、にぎやかな町です。おぼえてますか。あなたがはじめて粟花にある市場にぼくを連れていってくれたとき、ぼくはそこに集まる人の多さに目を回しそうになりました。

 萬天野の野外市場には、その百倍、二百倍以上の数の露店が軒を列ねています。けれども、旅の途中で、ここよりも何十倍も大きな市のある町も通りました。それくらい多くの人を見ても、ぼくはもう卒倒しなくなりました。

 さて、これがあなたの手元に届くころには、ぼくの旅は終わっているでしょう。自分の来歴を知るという、第一の目的を果たして。だけど、あなたが待つ観測所へぼくが帰るのは、まだまだ先のことになりそうです。

 あなたは、谷川で倒れていたぼくを拾い、養ってくれました。それよりも前のことをまったく思い出すことができないぼくにとって、あなたは親同然の存在でした。旅立ちの前の夜、あなたがぼくにかけてくれた言葉は、いまでもはっきりおぼえています。

『ロボットと人間には、ひとつ違うところがある。ロボットは、生産されたとき、すでにこの世界での役割を与えられている。けれども人間は、他の人間と交わるなかで、自分の役割を獲得していかなければならない。だから、あなたが旅に出るのは、とてもいいことだと思う。ここに帰ってきたら、あなたはふたつの意味で、あなたが誰であるのかを語ってくれるでしょう。自分がどこから来たのか。そして自分には何ができるのか』

 それは、人間と共に、あるいはひとりで、観測所を守るという役割を続けてきたあなたが、百年の間に得るに至った智見だったのかもしれません。

 そう言ってぼくを送り出してくれたこと、とても感謝しています。けれども、その言葉が心に残っているからこそ、ぼくはこの旅が終わったらすぐに、次の旅をはじめないといけないのです。ぼくはどこから来たのか。明日、その結論を告げてくれる場所に、ぼくは行きます。

 どんな結論が出るのか、ぼくはもう知っています。肌のやわらかさも、体液がかよっていることも、食事を摂らないといけないことも、すべて精巧に人間に似せられているけれど、ぼくはロボットなのです。観測所にいたとき、あなたは僕に言いましたね。

『あなたは約十二年前に生まれたのでしょう。これから、人間がいちばん成長する時期をむかえる。帰ってきたとき、私はあなたを認識できないかもしれませんね』

 いまでもぼくは、十二歳くらいの少女の姿をしています。旅の途中、いちども髪を切りませんでしたが、観測所を出たあの日とまったく変わらない髪型をしています。

 自分がロボットである可能性に気がついてから、ぼくの旅の目的は、すこし変わってしまいました。ロボットであるからには、ぼくにはすでに果たすべき役割が与えられているはずだ。自分が生産された場所か経緯がわかれば、ぼくは自分が誰であるのか、完全に知ることができる。そう思ったのです。

 だけど、開発の経緯は、ぼくには何ができるのか、という質問に対する答えをもたらしてくれませんでした。ぼくは、大戦争末期に試作型のみが生産された特殊な機体だということです。人間を必要とする作業、そのいかなるものにおいても人間の代理をつとめることができる、完全汎用型だそうです。

 実を言うと自分がロボットであると気づいてすぐのころが、この旅の中でいちばん気楽なときでした。正しい場所にさえたどりつけば一気に両方の答を得ることができる。そう考えていたからです。けれども、ここまで来て、ふたつめの答を教えてくれる正しい場所はないのだということがわかりました。

 結局ぼくは、ニイマルが言ったように、『他の人間と交わるなかで、自分の役割を獲得していかなければならない』のだとおもいます。それが言葉ほど簡単でないことは、この三年間で知りました。自分に何ができるのかを探して、長い長い旅を続けている人とも、たくさん道連れになりました。

 逆に、大戦争のときにサイボーグ化の改造をうけて、自分が果たすことができる役割が固定化されてしまった人にも、たくさん会いました。ロボットと人間のさかいめは、そんなにはっきりとしたものではないのかもしれない。そんなふうにもおもいます。

 一昨日まで泊まっていた宿では二〇二〇式が働いていました。ニイマルのことをおもいだしました。会いたいです。いつになるかはわからないけれど、ぼくは必ず観測所に帰ります。その日まで、元気でいてください。 愛をこめて。紅葉」


(初出: 2009年8月27日のTwitter投稿)



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