11月15日、土曜日。(その8)
私は布団の中で、自分の腕で自分の体をきつく抱いた。動悸がはげしくなって、両足がぶるぶる震えているのが、寝た姿勢のままでもわかった。
廊下の声が議論していたのは、この部屋のことだ。私のことだ。
203号室の客――というのは、夕食時に会ったあの女性だろう――が寝たら、侵入してくるに違いない。
そのあと、なにをされるのか。
ベスネル氏から届いた、「おかしな手紙」の内容が頭をよぎる。
「魚人どもが、私を地下室に監禁した」
どうしたらいいのかわからない。
けれども、あまり思案している時間はなさそうだった。
私は意を決して、ベッドの上に体を起こした。
サイドテーブルを手探りして、眼鏡をみつけ出す。
部屋の中を見まわしてみる。ドアには鍵はかかっているけれど、チェーンやボルトロックは元からついていなかった。マスターキーさえあれば、簡単に入ってこられるようになっている。
こういうときには、ドアのこちら側になにかを置いて、開かないようにするのが定番なのかもしれないが、室内には、私の力で簡単に動かせそうなものはない。
さきほど聞こえてきた声は3人のもので、離れていった足音はふたりぶんしかなかったようにおもう。おそらく、ひとりが残って、見張りを続けている。物音を立てたら気取られてしまう。
警察に通報しようか、とも考えたが、すぐに打ち消す。レストランに入ってきた警察官の、「インスマスの外見」をした顔が思い浮かんだからだ。もしかすると警察も、襲撃者の一味かもしれない。
逃げよう。
逃げるとしたら、脱出口として使えるのは、窓しかなさそうだった。
私はなるべく音がしないように、そろそろとベッドから下りた。
忍び足で床を歩き、靴を履いて、寝間着がわりに着ているトレーナーの上からジャケットを羽織る。それから、書き物机と付属の椅子の上に散らばっている写真と資料と着替えのたぐいを、手当たりしだいにリュックサックに突っ込みはじめた。
途中で、どこかから、ぱたり、という音がして、私は固まった。
気づかれたかもしれない。
けれども、しばらく動きを止めて様子をうかがってみても、廊下のほうからはなにも聞こえてこない。
私は、溜めていた息を吐き、残っていた下着と靴下を鞄に詰めて、ジッパーをゆっくり閉めた。