11月15日、土曜日。(その7)


ホテルの自室に戻ると、本格的にやることがなくなってしまった。
9時を過ぎているから、夜もまだ若い、とは言えないかもしれないけれども、寝てしまうにはまだ早い。暇になったときのために、短編小説集も持ってきてはいたのだが、なぜか今日は、それを読む気にはならなかった。
とりあえず、ゆっくりとシャワーを浴びて、寝じたくをした。
それでも、時間は1時間弱しか経っていなかった。
自宅ではあまり観ないテレビをつけてみたりもしたけれど、ケーブルテレビと契約を結んでいないのか、3チャンネルほどしか入らないので、すぐに消す。
結局私は、何かすることをあきらめて、部屋の灯りを落とし、ベッドに潜りこんだ。
時刻は10時半くらいだった。


ベッドに入ってしまえば眠ることができるかともおもったのだが、いつも12時過ぎまで起きているのが習慣になっているからか、眠気はちっともやってこなかった。
暗闇の中で何度も寝がえりを打っているうちに、おそらく1時間ほどは経っていたのだろう。
廊下のほうから足音が聞こえてきたのは、そのときだった。
ときどき床がきしむ音に加えて、間隔のやや長い、べたり、べたり、という音がする。
それは、私の部屋の方向に近づいてきて、そして、止まった。
直後に、低い声。なにかを訊ねたらしく、もうひとつの声が、それに答える。
「電気が消えてから、もう1時間は経ってます。もう寝たでしょう」
ささやくような声だったけれども、どうやらドアのすぐ向こうで発せられたらしく、はっきりとそう聞きとることができた。
「よし、そろそろいいだろう」
はじめの声が言う。
「待て」
第三の声が、やや遠いところから割って入る。
「203号室の灯りがまだついている。音を聞かれるとまずい」
「ほかの部屋のことなど、気にしないだろう」
と、はじめの声。
「いや、この部屋の客と会っていたようだったからな。赤の他人じゃなければ、様子を見にくるぐらいのことはするかもしれない」
と、第三の声。どうやら、この声の主は、ホテルのレセプションにいた男らしい。
「そうならないようにしろと言ったじゃないか」
はじめの声の音量が、すこし大きくなる。レセプションの男が、ちいさな声で反論する。
「……教団内部の知り合い……いるとは聞いていない……外で勝手に会って……俺の知ったことじゃない」
「……教授からの手紙を装ってタイプ……疑われる前にうまくおびきよせた……」
「そもそも、こんな手荒な真似をする必要があるのか。……が帰るまで待てばいいだけの話……」
「……いつになるかわからない。流れている血は……薄い……帰るのかどうかもわからない。この機会を……」
「まだ、失敗したと決まったわけではありません。もう12時に近い。そっちの部屋はそろそろ寝るでしょう」
ドアの近くの声がそう言い、そのあと、ささやき声でいくつかやりとりがあったあと、足音は遠ざかっていった。



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