11月15日、土曜日。(その2)

私が後方に近い席に腰をおろすとすぐに、やかましい作動音とともに自動扉が閉まり、バスは発車した。
外装の様子から予想したとおり、運転手がアクセルを踏みこむと、エンジンの振動が直接座席にまで響いてくるようなおんぼろの車体だったけれども、慣れというのは不思議なもので、しばらくするとそれもほとんど気にならなくなった。ほかの乗客も、このようなことはあたりまえ、とばかりに、皆、しずかに前を向いて座っている。
バスはアーカムの市街地を抜けると、州道を北上する。
州道とはいっても、片側1車線の、ところどころ舗装がはがれかけた悪路で、沿道にも、ただ冬枯れの茂みがつづいているだけだ。
そこをバスは、がたがた音をたてながらひた走る。対向車とすれちがうこともほとんどない。


30分ほど経つと、道の先に、色のあせかけた大きな看板があらわれた。州道のインターチェンジインスマスの町の間にあるアウトレットモールの看板で、そのさらにむこうには、インスマスの中心街近くに建つ教会の尖塔が、曇天を背にそびえている。
"Innsmouth" と標識のあるインターチェンジで州道を降りたバスは、モールの横を通りすぎ、インスマスの町の中へと入っていく。そして、空き家の目立つ住宅街を数ブロック抜け、「合衆国通り」と名のついた、やや広めの道に出る。これが、インスマスのメインストリートだ。
バスは海を左手に通りを進み、「新教会広場」と呼ばれる交差点を通過する。中央に円形の、ささやかな芝生の公園のようなものがある交差点で、さきほど州道から見えていた尖塔のある教会は、ここを囲むように建っている。
そこをすぎて、またしばらく走り、町の中を流れるマヌセット川にかかる橋を渡ってすぐのところにある半円形の広場で、バスは停まった。
タウン・スクエアという名のこの広場の周縁には、食料品店、薬局、ホテル、レストランが集まっており、とりあえずの中心街といった体裁をなしてはいるのだが、実際に営業しているのも本当にその4軒(と、消防署)だけで、それ以外の建物はすべて空き店舗になっている。
ほかの乗客は、バスの扉が開くとすぐに降車して、町に帰る場所があるのだろう、それぞれに散っていった。
私は運転手の急かせるような視線を感じながら、あわてて上着を着込み、荷物を背負って外に出た。


外は、霧のような雨が降っていた。風も、アーカムでより、いくぶんか強く吹いているように感じられる。
バスが轟音をたてて走り去ってしまうと、濡れた石畳の広場にいるのは、私だけになった。
私はジャケットの襟を立て、首をすくめるようにしながら道路を渡り、ホテルの前まで行った。
ドア・パーソンなどはいるわけもなく、上半分にガラスのはまった、重い木製の扉を自分で押し開けて建物に入る。
ホテルのロビーは薄暗く、外とあまり気温も変わらないようだった。奥の、おもての光がとどかず、さらに一段と暗くなっているあたりに低いレセプション・カウンターがあって、中には男がひとり、椅子に腰かけている。
近づいていくと、男は大儀そうに立ち上がり、私のほうに顔をむけた。
彼も、この町の名前を冠して呼ばれ、忌み嫌われている外見の持ち主であった。



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