夢の話

私は午前3時30分鹿児島港発の、ほかにはほとんど乗客のいない、がらんとした桜島フェリーのデッキに立って、手摺りによりかかり、10メートルほど下でゆっくりと波打っている暗い海面をぼんやりと眺めていた。船は全行程15分の航路のちょうど半分あたりまで達したころで、エンジンが発する低い唸りと船体にぶつかる水の音以外、聞こえてくる音はなかった。

ふと、さきほどまでは船首がたてる泡沫しか浮かんでいなかったはずの、船体から数メートルしか離れていないところの水面に、何かがいるのに気がついた。それは、球体の上半分のようなかたちをした物体だった。潜っている人が頭の先だけを水の上に出した状態にも似ていて、大きさも人の頭のそれと同じぐらいだった。けれども、それが人間の頭部であるようにはとても思えなかった。そこに頭髪のようなものはなく、ちょうど空にかかっていた月の明かりと、フェリーの船室から漏れているかすかな光を、ぬるりと反射していたのだから。

私が目を逸らすことができずにいると、それは一度水中に消えたが、ほとんど間を置かず、再び私の視線の先に姿を現した。さきほどとは違って、今度は、その物体の表面には、濁った青のような緑のような色に輝くふたつの光点があった。

目が合った。と、私は思った。そのふたつの点が瞳であるという証拠はどこにもなかったが、直感的にそう感じたのだ。そして、それらに見入っているうちに、私は不思議な感覚にとらわれていた。

なつかしい。行きたい。一緒に。

しばらくの間、私は瞬きもせずに、その物体と見つめあった。船は動き続けていたけれども、それは、追いかけるように、ずっと私の正面あたりについて来ていたのだ。

「帰ろう」

しかし、その感覚に反対するかのように、私の両手は手摺りをかたく握り締めている。

その葛藤は何分ぐらい続いただろうか。おそらく実際は5分にも満たなかったはずなのに、私にはとてつもなく長い時間のように感じられた。フェリーが桜島港に入港するために進路を変え、その物体は私の見えないところへ遠ざかった。それとともに、私の頭の中を満たしていた説明しがたい想念も、次第に消えていった。春先の、まだ肌寒さの残る夜のことだったのに、体中が汗でびっしょりになっていた。

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4年ほど前のその日、そのとき受験していた大学院から不合格の通知を受け取った私は、夜中に兄の車を勝手に借り出して、桜島フェリーに乗りに行きました。これは、そのときフェリー上で実際に起こったことなのです。

この前にもこの後にも、似たような体験は全くなく(夜中にひとりでフェリーに乗ったのもこのとき限りではあるんですが)、そして、私は次の年にミスカトニック大学に合格してアーカムに来て、それ以来このことを思い出すこともほとんどありませんでした。

なんですが、なぜか最近、このときのことがよく夢に出てくるのです。日曜日か月曜日の夜に一回、昨日の夜も一回、夢に見ました。はっきり言ってあんまりいい夢ではないので、なんだか不気味です。悪いことが起きないといいけど……。


そんな感じで夢見が悪いので、今週はちょっと疲れぎみ。でも、私が病んでいるというわけではないですよ。私は元気です。


ごはん。
月曜日:朝、ベーグル。昼、チリコンカーン(外食)。夜、グラタン的なもの(ルームメイト作)。
火曜日:朝、白ご飯、炒り卵。昼、サンドイッチ。夜、タイカレー(自炊)。
今日:朝、ベーグル。昼、サンドイッチ。夜はこれから。


今日のアーカム:はれ。最低気温30度、最高気温42度。(摂氏にすると、それぞれ0度、5度くらいです)。


注:このダイアリー内の記述は基本的にフィクションです。マサチューセッツ州アーカムミスカトニック大学は、H.P.ラブクラフト(および他の作家)による、一般に「クトゥルー神話」系と呼ばれている小説などに登場する架空の土地、大学であり、実在しません。詳しくはこちらをお読みください。


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