Some Initial Reactions to HPL's "Supernatural Horror in Literature"

だいぶまえにTwitterでつぶやいた、「高校図書委員会の副委員長がH.P.ラブクラフトの『文学における超自然の恐怖』を読んだら」(あるいは「文芸部における超天然娘の恐怖 (スーパーナチュラル・ホラー)」) のネタを書いてみました。


原典のほうは、まだ Introduction と最終チャプターである "The Modern Masters" しかきちんと読んでいなくて、あとの部分は斜め読みしただけなのですけれども、適切でない解釈/翻訳や引用はしていないとおもいます。(おそらく) (たぶん……) なにかお気づきの点があったらご指摘いただければ幸いです。


とりあえず書いたのは1シーンだけですが、このあとの展開も、いちおう構想は考えてあります。どこかに需要はないでしょうか。ご連絡お待ちしております。(何の?)


追記: 電子書籍発行プラットフォーム『パブー』版も作成してみました。字送り、段落送りなどの関係で、ブラウザからの場合でも、このブログ上で読むより読みやすいかもしれません。また、PDF、ePubといった電子ブックリーダー対応のファイル形式でダウンロードすることもできるようです。(PDF形式はちょっと読みづらいかもしれないですが……) (『パブー』のトップページはこちら → http://p.booklog.jp/)


(以下が本文です。「続きを読む」クリックで全文が展開されます。)


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... while we may justly expect a further subtilisation of technique, we have no reason to think that the general position of the spectral in literature will be altered. It is a narrow though essential branch of human expression, and will chiefly appeal as always to a limited audience with keen special sensibilities. Whatever universal masterpiece of tomorrow may be wrought from phantasm or terror will owe its acceptance rather to a supreme workmanship than to a sympathetic theme. Yet who shall declare the dark theme a positive handicap? Radiant with beauty, the Cup of the Ptolemies was carven of onyx.


……作品に用いられる文章術は、当然ながら、より巧妙なものになっていくだろう。しかし、文学において怪異の果たす役割そのものが変化してしまうとは考え難い。超自然の恐怖は、一般性があるとは決していえないものの、人間の表現活動の重要な一分野であり、ある種の鋭い感性を備えた特定層の読者を、これまでずっと魅了してきたし、これからも魅了しつづけるに違いない。幻視や恐怖といったものから未来の名作が生み出されることになったとしよう。それらの作品は、親しみやすい主題などというものではなく、優れた技巧によって評価されることになるはずだ。暗黒を主題にした作品は評価の上で不利を受ける、と言う人もいるが、私はそうは思わない。プトレマイオスの杯は、漆黒の縞瑪瑙からつくられていたにもかかわらず、周囲にその美しさをふりまいていたというではないか。*1


「そうそう、そうだよねえぇ!」
 最後の一文を読み終えた私は、ふるえる両手を胸の前で握りしめ、心の中で叫んだ。
 ちなみに、叫びを外に出さずにとどめておいたのは、そのときもう時刻はとうに真夜中の12時を過ぎており、そうしないと薄い襖一枚だけで隔てられた隣室で寝ている姉のところから怒声とともにぬいぐるみミサイルが飛来する――あるいは、姉の気分次第では目覚まし時計や漢和辞典が投げつけられる――恐れがあったためにほかならず、その障壁さえなければ、全にして一、一にして全の神に感謝の意を告げる呪言を唱え、起き上がってアヤシゲな踊りのひとつも奉納するところであった。
 明日からは、ここに紹介されていた本を読もう。いっぱい読むんだ。
 私は、ふたたび固く拳を握り、ななめ45度上くらいの虚空を力強く見据えながら誓いを立てた。それからペーパーバックを閉じ、かけていた眼鏡をはずして置いた。"The Annotated Supernatural Horror in Literature" と印字されている表紙の上に。


*****


「えーっと、『新たなる神話大系の創成者であり、驚異に満ちた民話の紡ぎ手でもあるロード・ダンセイニは、幻想的な美にあふれる異界の描写に全力をかたむけ、日常的な現実の粗野さ、醜悪さに対して宣戦を布告した。彼の作品は、これまでに書かれた文学作品の中で最も宇宙的な視点を持っている……*2』すごいなあぁ」
 翌日の放課後。
 私は、あちらこちらに貼られた付箋でイソギンチャクのようになったペーパーバックの洋書とバインダーボードをかかえ、図書室の本棚を巡っていた。
「でも、このひとの本は一冊もなし、か。足しとこう」


 六時限めの授業のあと、図書室の事務スペースに行くと、片目が隠れるほど長い黒髪の持ち主で、ワイシャツに赤のおしゃれネクタイをあわせ、その上にカーディガンを羽織った若い女性――「若い」といっても、もちろん生徒である私よりは年上だけれど――がひとりで机にむかい、コーヒーを飲んでいるところだった。司書教諭で、つまり私たち図書委員会のボスでもある阿弥陀寺先生だ。
「今日の当番は福良 (ふくら) さん?」
 はい、そうです。私が答えると、先生は、ちょうどよかった、これ、やらない? と、私にバインダーボードに挟んだ用紙を渡してきた。
「なんですか、これ?」
「今学期のぶんの購入希望図書リスト」
「リストってわりには、まだ全部空欄みたいですけど」
「うん。適当に買いたい本で埋めちゃっていいよ。ほんとうは各クラスの図書委員が学級内の要望を取りまとめて持ってきて、重複がないか確認して、委員会で優先順位を決めて、とかやることになってるんだけど、だいたい誰も真面目にやんないし、一冊も要望取ってこないことがほとんどだから」
 あの、どんな本でもいいんですか? そう質問した私の声は、よほど期待に満ちあふれて聞こえたらしい。もしかすると、目を貪欲に光らせていたのにも気づかれてしまったかもしれない。やっぱり、あなたにお願いして正解だったわ、やる気があるひとにやってもらわないとね、と先生は言い、それからこう付け加えた。
「なんでも好きな本でいいけど、そのかわり、いまある蔵書とかぶらないかのチェックは自分でしてきてね。あ、それから、Hな本は許可が出ないから」
 

 そういうわけで、私は放課後の図書室を巡邏していたのだった。
「『……巧みな証言の対比によって、この女性がヘレン・ボウンであったことが明らかになってゆく。彼女こそが、脳手術実験を受けた娘が――人ではない存在とのあいだに――もうけた子だったのだ。彼女は忌わしき神パンの血を引いていた。物語の最後で、彼女は、性別の転換、原初の生命形態への退化といった恐ろしい肉体の変形を経て死に至る……*3』おもしろそうだよね。アーサー・マッケンの『パンの大神』か。これもないからリストに足して、と……」
 いちばん窓よりの列を見終えて、次の本棚の並びに足を踏み入れながら、私はメモを取ろうと夏服の胸ポケットに差していたシャープペンシルに手を伸ばした。そのときだった。
「ふわぁっ」
 上のほうから悲鳴 (おそらく) が聞こえた。
 目をむけると、本棚の5段めくらいの高さに浮かんでいる白いセーラー服姿の人物が見えた。
 もちろん、魔法や怪異の力を借りているわけではないから、ほんとうに宙を浮遊しているのではない。
 彼女は落ちてくるところだった。私が立っている、まさにその場所に。 
 私はとっさに両手を広げ、足を開いて身構えた。
 けれども、それしきの対策では、質量的にも――彼女の名誉のために言っておくと、彼女が重かったというわけでは決してない。ただ、私がどちらかというと平均よりも小柄だというだけである――位置エネルギー的にもアドバンテージのある落下体の運動を受け止めることは不可能だった。
 ずしん、という衝撃とともに、私は床に押し倒された。


 まず私がとった行動は、自分の顔の目の付近の一帯を手でなぞることだった。眼鏡は、ちゃんとそこにとどまっていた。幸いなことに。
 次に私は立ち上がろうとした。けれども、胸から下のあたりにかかる重量が、それを妨げた。
 どういうことになっているのか、首と目だけを動かして視点を移動させて様子を見ると、私は、空中から降ってきた女子生徒にのしかかられているのだった。
 そして、彼女の白くて柔らかそうな頬は、むぎゅり、と押しつけられていた。夏用セーラー服の白い布地ごしに、私の右の胸に。さらには彼女の右の手のひらが、私の左胸の上にぴったり乗っかっている。
 同性だとはいえ――それから、いかに私のその部分が平板であるとはいえ――これはさすがに困惑する。
「ちょっと、ちょっと」
 私が自由になっている手で彼女の肩を揺さぶると、彼女は、ふにゃ、と間の抜けた声を出して目を開けた。
 そのまま彼女が上半身を起こしたので、ちょうど彼女が私の太腿のところにまたがっているような体勢になる。
 彼女には見覚えがあった。
 前髪を額の上でまっすぐに切りそろえた、おかっぱのような髪型。すこし垂れぎみになっている太い眉。二重のまぶたと長い睫毛。文芸部員の2年生――ということは、私と同学年だ――で、外 (そと) ほとか、という名前だったはず。
 活動内容の関係で、文芸部員は、よく図書室を利用しにやってくる。図書カードには氏名も記載されているから、何度も貸し出しをする相手の顔と名前には自然と馴染みになっていた。
「あ、図書委員会の副委員長さんですよね」
 そう言ってきたということは、どうやら彼女のほうも私の顔を覚えていたらしい。
 ごめんなさい。怪我はないですか。脚立に乗っていて、ちょっと離れたところにある本を取ろうとしたら、足が滑ってしまったんです。大きな身振り手振りの混じる彼女の説明を聞きながら、私は、むしろ早く体の上からどいてくれないだろうか、とおもっていた。
「あ、そういえば、これ、落としましたよ」
 説明を終えた彼女は、私に馬乗りになったままで上体をひねり、私の左脚のかたわらに転がっていた洋書に手を伸ばす。
 厚意はうれしいけれど、その本を見られるのはすこし恥ずかしい気がして、私は彼女よりも先にそれを拾い上げようとした。けれども、下半身を押さえつけられたままではおもいどおりに動けるわけもなく、本は彼女にさらわれてしまう。
「なんの本ですか?」
 私に訊ねながら彼女は表紙に目をとおし、らぶ、くらふと? と、ひとりごとのようにつぶやいた。
「らぶ……? 副委員長さんもロマンスとか読むんですか?」
「ち、違う、違う!」
 私はあわてて彼女の手からペーパーバックを奪い返した。
「H.P.ラブクラフトは人物名だってば。20世紀初頭のアメリカの作家で、ロマンスなんかとは正反対の、こう、ぬるぬるぐちょぐちょした邪神とか、粘液をしたたらせる怪物とか、魚みたいなかたちをした異形のものとかが出てくる小説を書いたの。そういう、『クトゥルフ神話』とか『クトゥルー神話』と呼ばれてる世界観を最初に考えたひとなんだよ」
「ほえー、そうなんですか」
 うなずいたあと、なにか気になることがあるのか彼女は首をかしげ、ぬるぬる、粘液、触手……、と、ちいさな声で数回復唱した。
 それから、はた、と両手を打った。
「それは、あれですか? えっと、なんて言うんでしたっけ。あ、ヘンタイもの?」
「違うぅー」


*****


「どうしたの?」
 事務スペースに戻ると、私の顔に浮かんだ疲労に気づいたのか、阿弥陀寺先生がそう訊いてきた。
 私は大きなため息をひとつつき、こう答えた。
「いまそこで、『超天然ボケの恐怖 (スーパーナチュラル・ホラー)』に遭遇しました」



<了>


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文中に出てくる "The Annotated Supernatural Horror in Literature" は、この本です。

The Annotated Supernatural Horror in Literature

The Annotated Supernatural Horror in Literature

日本語訳は、昨年出版されたこれがあります。

文学における超自然の恐怖

文学における超自然の恐怖


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*1:Lovecraft, H.P. (1938) "The Modern Masters" in Supernatural Horror in Literature. Text from Wikisource (http://en.wikisource.org/wiki/Supernatural_Horror_in_Literature/The_Modern_Masters). 翻訳文は筆者による。

*2:ibid.

*3:ibid.