11月15日、土曜日。(その6)

若い警察官が出ていくと、食堂の主人はキッチンに引っ込み、私はひとりで食事を続けることになった。
すこし水っぽく感じられるトマト味のスープを飲みほして体をあたため、焼きすぎて硬くなったパティと、しなびかけたレタスが、ふにゃふにゃのパンにはさまっているだけのチーズバーガーをたいらげる。
食べ終えて、にごったお湯とほとんど変わらないコーヒーをすすっていると、ふたたびドアが開いた。


今度の客は、黒っぽい髪の女性だった。私とそれほど違わない背丈の(つまり、それほど背の高くない)、で緑色のフードつきの上着を着ている。
キャッシュレジスター台の手前に立って店内を見まわしていた彼女の目と、私の目が合った。
その瞬間、私たちはおたがいに、「あっ」と声をあげていた。
長い頭、低い鼻、(眼鏡の奥の)離れた目。
彼女の顔には、この町の住民とおなじくらい強く、「インスマスの外見」の特徴があらわれていた。
けれども、それと同時に、彼女の見ためには、私と共通している点がいくつもあったのだ。
肌の色。髪の毛の色。瞳の色。あきらかに、アジア系の組み合わせ。
「あの、どちらのご出身ですか」
そう訊ねてきた彼女の英語には、とてもなじみの深いアクセントがあった。
「日本人ですよ」
私は日本語で返事をする。私が勧めると、彼女は私のテーブルにやってきて、向かい側の椅子に腰をおろした。


「日本人で、私とおなじような顔をしている人と会うのははじめてです」
そう言った彼女は、私とほぼ同年代のように見えたが、正確にいくつぐらいなのかはよくわからなかった。
私は、自分の家族のこと、そして、楼家島のことを、彼女に話した。
たしかに、私にとっても、自身の家族と楼家島の島民以外で(すなわち、自分と家系的につながっているかどうかがわからない人で)、さらにインスマスの住民でもない上に、似たような外見的特徴を持っている人と接するのははじめてのことだった。
彼女が生まれ育ったのは、私が名前を知らない町だった。
漁港のある町だ、と彼女は教えてくれた。父親は漁師だった、と彼女は言った。彼女がまだ幼かったころに、海で行方知らずになった、とも。
父親ゆずりの容貌のせいで、いろいろと苦労した、と彼女はいう。だから、インスマスを訪れたとき、はじめて、自分が属する場所を見つけたような気がしたのだと。
彼女は、この町の住人とも親しくしているようで、町を本拠にしている、とある教団にも参加しているらしい。
明日、復活祭とよばれる、教団の大事な祭礼がおこなわれる。彼女は、その中で重要な役割を果たすことになっている。
祭礼に参加してもかまわないはずだ、と彼女は言ってくれたが、私は元教授との約束を優先させなければいけなかったので、行けるかもしれないけれども、行けないかもしれない、とあいまいな返事をした。あるいは、元教授からの手紙にあった、氏が長年研究している宗教団体と、その行事というのは、彼女が語っているのと同一のものなのかもしれず、もしそうであれば、私も見学に同行させてもらえる可能性もある。あまり別の方向からコンタクトをとって、話をややこしくしないほうがいいともおもったのだ。


彼女が私とおなじようにミスカトニック大学に留学中で、アーカムに住んでいるということで、私たちはほかの話題でも意気投合し、長い時間話しこんでしまった。食堂を出たときには、もう9時を過ぎていた。
食堂の主人の興味深そうな視線に見送られ、ホテルに戻る。
彼女が泊まっているのは、私と同じフロアの、エレベーターの真正面の部屋だった。
明日の朝は早い、という彼女と、もし明日会えなくても、アーカムでまた会いましょう、と約束をして別れ、私は廊下のつきあたりにある自室に帰った。



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