11月15日、土曜日。(その5)

すこし早かったけれども、夕食をとりにいくことにして、ホテルを出る。それくらいしか、できることが考えつかなかったのだ。
といっても、インスマスの中心街には、味はほとんど期待のできない食堂が1軒あるきりで、その食堂はホテルから道を渡ってすぐのところにあったから、これで時間がつぶせるともおもえなかった。


ドアを押して中に入ると、案の定、食堂には先客がひとりもおらず、主人とおぼしき中年男は、キャッシュレジスター台の奥で椅子に座り、新聞を読んでいた。
この男にも、よそ者の姿はめずらしいのか、彼は私が席に着き、メニューを見て、注文をする間じゅうずっと、こちらを観察しているようだった。
そして、私がオーダーしたチーズバーガーとスープとコーヒーを運んできたあと、好奇心がおさえきれなくなったようで、(あるいは、ただ話し相手がほしかっただけなのかもしれないが、)私に話しかけてきた。
「お嬢さんも、この町の生まれなのかね」
私は首を横に振って、否定する。
「そうかね。なんか、この町の人みたいな顔してるけど、でも、中国人みたいにも見えるから、どうかとおもってね」
男はさも納得したかのように、うなずきながらそう言った。その言葉に悪意がふくまれているわけではなさそうだったので、私は反論しないことにして、中途半端な笑顔をかえした。


細長く、毛髪のすくない頭。平たい鼻。顔の左右方向に奇妙に離れてついた目。
このあたりの地方で、「インスマスの外見」と呼ばれている独特の容貌は、実は私の祖先の地である楼家島の島民の顔によく見られる特徴とも酷似している。
そして、結婚を機に楼家島に(正確にいえば、島に、というよりは海に)帰ることを決めた私の兄や、(兄ほど顕著にではないけれども)私も、その外見をうけついでいる。
奄美諸島に浮かぶ小島と、ニューイングランドの片隅にあるこの港町とのあいだに、なんらかの血縁的な関係があるとはとてもおもえないのだけれども。


「今週末は、なんか大事なお祭りがあるみたいでね。よその町に住んでる人もずいぶん戻ってきてるようだしね」
食堂の主人は、そう続けた。
そうなんですか。私が返事をしようとしたとき、入口のドアが重い音をたてて開き、店主はそちらへ行ってしまった。
新しい客は、警察官の制服を着た若い男で、ぎょろりとした丸い目で私のほうを一瞥してきた。この男も「インスマスの外見」の持ち主だった。
店のすぐ外にパトロール・カーが停まっているところからすると、巡回の途中なのだろう。なじみの客でもあるらしく、主人とすこし会話をかわしながら、キャッシュレジスター台のところで売っているドーナツと、持ち帰り用のコーヒーをもとめると、すぐに出ていった。



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