大道商人

「さあさあお立ち会い。御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで見ておいで、お急ぎの方々も、ちょっと止まって聞いていっても損はない、急ぐのはいつでも急げるが、コレは今日見逃したら二度と見られないよ。


 さて、お立ち会い。手前、ここに取り出したる膏薬は、これ『つぁとぅぐぁの油』。つぁとぅぐぁと言っても、そこにいる、ここにもいるというものとはモノが違う。『ははん、つぁとぅぐぁかい、つぁとぅぐぁなら俺んとこの縁の下や裏庭にゾロゾロいるよ』と仰るお方があるかもしれないが、あれはつぁとぅぐぁとは言わない。ただのヒキガエル、イボガエル、なんの薬石効能はないよ、お立ち会い。


 さて、お立ち会い。手前のはこれ『四六のつぁとぅぐぁ』、四六五六はどこで見分ける、前足の指が四本で後ろ足の指が六本、これを名付けてヒキ面相は『四六のつぁとぅぐぁ』だ。


 さあて、お立ち会い。このつぁとぅぐぁ何処に住むかというと、ご当地よりもはるか西、西はニュー・メキシコ州にあるカールスバッド洞穴、モゴロン、古プエブロの時代から、地底世界に繋がっていると知られておりましたこの洞穴の、さらにさらに奥深く、ン・カイという異界に育ちます。


 さて、お立ち会い。このつぁとぅぐぁから、この油を取るには、地中深くに分け入って、捕え来ましたるこのつぁとぅぐぁをば、四面鏡張りの箱の中に放り込む。さあ、つぁとぅぐぁ先生、おのれの醜い姿が四方の鏡にうつるからたまらない。ははぁ、俺はなんと醜い奴なんだろう、と、おのれの姿を見てびっくり仰天、巨体よりアブラ汗をば、たらーり、たらりと流す。これを下の金網、鉄板に漉き取りまして、柳の小枝をもって、三七は二十一日の間、とろーり、とろりと煮たきしめ、赤い辰砂に椰子油、テレメンテーナ、マンテイカ、かかる油をば、ぐっと混ぜ合わせてこしらえたのが、このつぁとぅぐぁの油だ。


 さて、お立ち会い。このつぁとぅぐぁの油の効能はというと、疾、がんがさ、よう梅毒、ひび、あかぎれ、しもやけの妙薬。まだある、前にまいればインキンタムシ、後ろにまいれば、でぢ、いぼぢ、はしりぢ、けいかんぢの他、切り傷一切。まだある、大の大人が七転八倒、畳の上をゴロンゴロンと転がって苦しむのがこれ虫歯の痛み。だが、手前のこのつぁとぅぐぁの油をば、ぐっと丸めて歯の虚ろに詰めて、静かに口を結んでいるときには、熱いヨダレがたらり、たらりと出るとともに、歯の痛みはピタリと止まる。お立ち会い。まだまだあるよ、刃物の切れ味をも止める。


 さて、お立ち会い。手前、ここに取り出したるは、我が家に昔から伝わる秘宝。我が故郷、エジプト国から持ち来る宝刀である。実によく切れる。えい、と抜けば玉散る氷の刃。ここにちょうど一枚の紙があるから切ってお目にかけよう。一枚の紙が二枚、二枚の紙が四枚、四枚の紙が八枚、八枚が十と六枚、十六枚が三十と二枚、三十二枚が六十四枚、六十四枚が一束と二十八枚、ほれこの通り、細かくよく切れた。ふっと散らせばシエラ・ネバダにかかる雪か、落花の吹雪と見まごうばかり。


 さて、お立ち会い。これほどよく切れる天下の名刀でも、ひとたびこのつぁとぅぐぁの油をばつけるとき、たちまち切れ味が止まる。差し裏、差し表につけまする。さあどうだ、叩いて切れない、押しても、引いても切れやしない。


 さて、お立ち会い。お立ち会いの中には『お前のそのつぁとぅぐぁの油というやつは、切れる物をただナマクラにするだけだろう』と言うお方があるかもしれないが、手前、大道商人はしているが、金看板は天下御免のつぁとぅぐぁの油売り、そんなインチキはやり申さぬ。このように、きれいに拭き取るときには元の切れ味になる。ハイ、この通りだ。触っただけでも赤い血が、たらり、たらりと出る。それでは、二の腕を切ってご覧に入れる。エイッ……。


 さあて、お立ち会い。お立ち会いの中に、それほど効き目あらたかな、このつぁとぅぐぁの油、いったい一壜いくらだろうと言うお方があるかもしれないが、本日は、はるばるアーカムまで出ばっての大安売り、男は度胸、女は愛嬌、山で鳴くのはホーホケキョ、ピラミッドのてっぺんから、まっさかさまに飛び降りたと思って、一壜が二十弗というところ、半額の十弗ではどうだ。


 さあどうだ。このようにつぁとぅぐぁの油の効能がわかったら、遠慮は無用だ、どしどし買ってきな、買ってきな」


 人どおりのすくなくなってきた夜更けのアーカムの街角で、そのような口上を述べている大道の物売りを見たと思ったのだが、行きすぎてから、ふと振り返ってみると、煉瓦敷の路上には誰もおらず、ただ、その上にはりめぐらされた電線が、ちょうど路面電車が通過していったすぐ後のように、青白い火花をパチパチと散らしているだけなのだった。


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* がまの油売りの口上については、「がまの油売り口上研究会」のウェブサイトに掲載されているものを参考にいたしました。(http://members.jcom.home.ne.jp/gamaken/koujyoubun3.html)



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