サバトの日

Monsters v.s. Deep Ones の後日談的な話です。
本当はこういうとき、独立した短編になるように、登場人物の紹介・描写をもっとちゃんと入れないといけないとおもうのですが、今回、そのあたりをかなり手抜きしました。(ダメじゃん。)
本編を読まれていなくて、それぞれの登場人物がどういうキャラクターか知りたい、というかたは、お手数ですが本編の第1回最終回あたりもご参照ください。(全編とおして読んでいただけたら、わたしとしては嬉しいですが、わりと分量がありますので……。)


あと、先日ふと気づいて確認したのですが、麗 (うるわ/うらら) というネーミング、微妙にかぶってしまってた……。元ネタとの音あわせ、一文字でふたりぶんの名前、という条件で名前を決めたら偶然いっしょになってしまっただけで、意識的にではないのです。すみません。(と、どこか遠いところにむかって。)


全文は「続きを読む」からどうぞ。


ーーーーー

This date was recalled because it was Candlemas ...

その日付が忘れられることはなかった。毎年、聖燭祭がおこなわれる日であったから……*1


「誕生日?」
 学校帰りのバスの中、わたしがそう聞き返すと、隣に座ったニシちゃんは、うん、と言ってうなずいた。
「知らなかった」
「あの子、あんまし自分のこと話さないからね。あたしも、直接聞いたわけじゃなかったかも。日付は、覚えやすい日だったから覚えてたんだけど……」


*****


「おたんじょうび?」
 わたしが聞き返すと、お堂の縁台にわたしと並んで腰かけていたニシちゃんは、うん、と言ってうなずいた。あした、あたしのおたんじょうびなんだ。それでね……。
「おたんじょうびって、なに?」
 彼女がなにかつづけようとしたのをさえぎるようにして、わたしが質問すると、ニシちゃんは、ぽかん、とした顔になった。
「おたんじょうび、しらないの?」
 わたしは首を横に振る。
「うまれたひのことだよ。ひとつ、おおきくなるの。それで、ようちえんとか、おうちとかで、みんながおいわいしてくれて、ケーキたべるの」
「ふうん」
 わたしはそう答えたけれど、おたんじょうびの意味を完全に理解したわけではなかった。
「それでね、あした、うちで、おたんじょうびかいするから、りいちゃんもきてね」
「う、うん」
 なにに招待されているのか、わからないながらもそのように返事すると、ニシちゃんは、満面の笑顔を浮かべた。
「ねえ、りいちゃんのおたんじょうびは、いつなの?」
「……わからない」
「わかんないの?」
「うん」
「きいてきたら?」
 わたしは、お堂の裏手にくろぐろと口を開けている洞穴のほうに、ちらりと目をむける。
「しってるのかなあ」


*****


 部長、ニシちゃん。本名、西春穂(にしはるほ)。2年生。体はちいさいけれど頭脳明晰、成績優秀、頼れるみんなのまとめ役。二本お下げの眼鏡っ娘
 部員そのいち。摩周花葉(ましゅうはなは)。2年生。あだ名はハナ。ベリーショートにした髪と、引き締まった体、見た目どおりの運動万能少女。
 部員そのに。杏莉。フルネームは植小草杏莉(うえこぐさあんり)。2年生。いつでものんびり、ほんわか、ふんわりで、眉の上でまっすぐに切り揃えた前髪と、背中に流れる長い後ろ髪がトレードマーク。
 部員そのさん。麗(うるわ)。上の名前は洞糸井(ほらいとい)。唯一の1年生部員。肩のあたりまで伸ばした軽く縮れた髪の毛は亜麻色で、異国風ともいえる顔だちと、すらりとした手足がバランスよくマッチしている。
 それから、部員そのよん、わたし。比久間(ひくま)りい。2年生。みんなからは、りいちゃんと呼ばれている。どうやってもまとまらない硬いくせっ毛と、スタイルがいいわけでも運動ができるわけでもないのに、やたら身長だけが伸びてしまったのが、ちょっとしたコンプレックス。
 わたしたちは、海坂徳育(みさかとくいく)女子高校美術部の、たった5人の部員だった。


 放課後。美術部室。
 時計の針が4時を指したのを合図に、杏莉がカンバスのむこうから目くばせしてきたので、わたしは筆を置いて立ち上がった。
 杏莉も、使っていた木炭を近くの机に転がして、わざとらしく音を立てて両手を払いながら、腰を上げる。
 鼻の頭と右のほっぺたが真っ黒になっていたけれど、それは部屋を出てから指摘すればいいだろう。
 奥の机に並んで座り、なにやら熱心に話しこんでいたニシちゃんと麗が、動きに気づいたのか、わたしたちのほうに顔をむけてきた。
「ちょっと、コンビニに行ってくるねー」
 杏莉は素っ気ない調子でふたりにそう告げると、自分のコートを持って、さっさとドアの方向へ歩きだす。
 わたしも、首にマフラーを巻きながら彼女の後を追う。
「あ、待って。私も行く!」
 窓際の長椅子に転がって居眠りを決めこんでいたハナが、あわてた様子で起き上がり、脱いでいた上履きをつっかけて、わたしたちについてきた。


 ハナと杏莉とわたしが部室まえに戻ってくると、ニシちゃんが、ドアのすぐ脇の壁にぴったりと体を寄せて立っていた。
 しめしあわせていたとおり、トイレに行く、とでも言って抜け出してきたのだろう。
「どう?」
 ハナが、ひそひそ声で訊ねる。
 ニシちゃんは無言で首を縦に振った。
 それに、おなじく無言でうなずきを返したハナは、ブレザーのポケットから出したものを、わたしたちに分配する。
 わたしたちは、持ち帰ってきたビニールの買い物袋ふたつを廊下の床に置き、受け取ったものを両手で構えて、扉の横の壁に貼りついた。
 扉に近いほうから、ニシちゃん、杏莉、わたしの順番。
 ハナは上部についているくもりガラスに影が映らないように身を屈め、その体勢を保ったまま、そろそろとドアの正面に進む。
 ブレザーの下に着込んだトレーナーのフードを被って顔を隠したハナがそんなことをしている姿は、はたから見たら、とても怪しいものだっただろう。
 だけど、そんなことにツッコミを入れている暇も、いまはない。
「3で行くよ、いい?」
 ほとんど声を出さず、口の動きだけで、ハナがわたしたちに指示を出す。
 それから彼女は右手をドアノブにかけて、左手をわたしたちのいるほうにむけ、人差し指を立てた。いち。
 そこに、中指が加わる。に。
 薬指が伸びる。さん。
 と同時にハナは、ノブを回し、ドアを引き開けた。
 すぐさま、ニシちゃんが体を反転させて、小動物的な素早さで部室の中に飛びこんでいく。
 彼女の次には杏莉が、カピバラくらいの俊敏さでつづいた。
 それから、わたし。
 そして、一瞬後。
 美術部室内に、ぱん、ぱん、ぱん、という炸裂音が響いた。


*****


「覚えやすい日?」
 バスは、畑のあいだの坂道を、ゆるゆると登っていく。
 わたしは、ニシちゃんの横顔を見ながら、そう訊ねた。
「魔女がサバトをする日、というのは昔から決まってて、特に大事なのは、冬至夏至春分秋分、それから、それらのちょうど中間にあたる日なのね」
 ニシちゃんは右手で眼鏡の位置をなおしながら、語りはじめる。
 一見なんの関係もなさそうな話が唐突にはさまるのはいつものことなので、わたしは黙ってうなずいた。
 彼女の頭の中では、全部がちゃんとつながっているのだろう。
キリスト教の伝播以前にヨーロッパで祝われていた土着信仰の祭日が、キリスト教によってゆがめられて伝えられて、悪魔信仰と結びつけられることになったんだと思うけど、太陽の進行とも一致しているから、もしかすると、本当に呪術的な意味もあったのかもしれない」
 冬至夏至春分秋分以外の日というのは、2月2日の「聖燭祭」、4月30日の「ヴァルプルギスの夜」、8月1日の 「ラムマス」、11月30日の「ハロウマス」。ニシちゃんはつづける。
「あたしの誕生日は4月30日でしょ。で、あの子たちの誕生日は2月2日。覚えやすい」


*****


 紺色が増しはじめた夕暮れの空を背景に、母屋の瓦屋根と納屋のトタン屋根が黒くそびえている。
 あと数日で暦の上では春になるはずだったが、もちろんそれは名ばかりのことで、山から吹いてくる風は、まだまだ冷たい。
 わたしたちは足音を潜めて前庭を横切り、ところどころに補修に使った新しい板が白くのぞいている大きな木製の扉の脇に屈んだ。
 今回は、杏莉、ニシちゃん、わたし、麗の順番。
 扉を開けるのは、またハナの役割だ。
 いち、に、さん。指の合図に合わせて、重い戸板を引く。
 できた隙間から、杏莉が納屋の中に突入していき……。
 なにかに足をとられて、盛大に転倒した。
 直後につづいていたニシちゃんも、杏莉の体につまづいてばたりと倒れる。
「なにやってんだー」
 ふたりの様子を見て、軽口を叩きながら納屋に入ったハナと、彼女についていったわたしは、戸口のところで立ちつくすことになった。
 奥のほうの暗がりから、赤く、ぬらぬらした光沢のある内壁をもつ丸い口があらわれ、わたしたちの眼前に迫ってきたのだ!
 大きさは、わたしたちの上半身くらいなら軽く飲みこんでしまいそうなほど。
 周縁部から円の中心にむかって、放射状にびっしりと、灰白色の鋭い歯のようなものが生え、わきわきと蠢いている。
 そして、その口をとりまくように生えているのは、無数の触手だった。
 それらは海棲の軟体動物の腕を思わせる形をしていたが、先端部がわずかに太くなっており、吸盤もそのあたりに集中して備わっている。
 先からは、半透明の粘液が、だらだらとしたたりつづけていた。
 杏莉がひっかかったのは、そのうちの一本のようだった。
 足首のあたり、紺色の学校指定の靴下の上から、桃色がかった灰色の線が一条、からみついている。
 と、わたしたちの目のまえで、その触手がひゅるり、と動き、杏莉の脚を持ち上げはじめた。
 一本一本は細いようでありながらも思わぬ力を持っているとみえ、彼女の体は、あっというまに逆さ吊りの状態になって宙に浮く。
 杏莉は、すこしのあいだ呆然とされるがままになっていたが、やがて我にかえったのか、わあ、ちょっと、ちょっと、と叫びながら手を伸ばしてスカートを押さえ、丸見えになりかけていた毛糸のパンツを隠した。
 次の瞬間、納屋の建物全体が、ゆさゆさと揺れた。
 その原因となったのは、室内から発生した振動だった。
 短い一定の周期で空気が震え、ときおり、地の底から響いてきたような低い音がまじる。
 それと同時に、わたしたちの背後からは、くすくすくす、と笑う声が聞こえはじめていた。
 おそるおそる、ニシちゃんとわたしがふりかえると、笑っているのは麗なのだった。
 麗は、片手をお腹のあたりにあてて、体を折り曲げ、もう片方の手で口を覆うようにして、いかにも愉快でたまらない、といった様子で声をあげつづける。
 同調するように、納屋の中の揺れも激しさを増す。
 わたしとニシちゃんの視線に気づくと、麗は、ごめんなさい、と言って、口を隠していた手で目の端に浮かんだ涙を拭ったが、それでも、しばらく笑いをしずめることができなかった。
「ごめんなさい。あのね、黙っていたけど、うららは、とっても耳がいいんです」
 ややあって、ようやく呼吸を整えた彼女は、不安そうに顔を見合わせていたわたしたちに、そう告げた。
「いたずらを仕掛けられそうになっているのに気がついたから、いたずらでおかえしをした。それだけなんです」
 そう、わたしたちのまえにいる異形の生物は、麗の双子の妹なのだった。
 そして彼女は、自分の計画した反撃が見事にはまったのが楽しくて、笑っていただけだったのだ。
 振動がおさまったかとおもうと、数本の触手がしゅるしゅると動き、杏莉をやわらかく抱きとめて床に下ろす。
「もう、びっくりしたんだから」
 文句を言いながら、杏莉は前屈みになって、ずれた靴下をなおそうとした。
 その背後から触手が一本伸びて、スカートの裾をつまみ、めくり上げる。
「こらっ、小学生男子か、君は」
 あわててふりむいた杏莉が拳を振るって怒ると、ふたたび、部屋の空気がすこし揺れた。
「私のほかに遊び相手がいたことがなかったから……。杏莉先輩のこと、好きなんだと思いますよ」
「それこそ、小学生男子のレベルだよう」
「そういえばさ」
 それまで尻もちをついたままだったニシちゃんが、立ち上がり、スカートについた埃を払い落としながら麗に訊ねる。
「まえまでは、あたしたちには見えなかったはずじゃない?」
「ああ、それは……」
 全身ではなくて、ほんの一部だけだけど、自分の姿をふつうの人のまえに顕すことが、どうやらできたみたいなんです。私たちは、何もしなくてもお互いのことを見ることができるから、気がつかなかったんですが。


「「おたんじょうび、おめでとうー」」
 美術部室で麗に仕掛けたサプライズは、成功だった。
 はじめは突然鳴り響いたクラッカーの音に驚いて目を白黒させていた麗も、状況を理解すると、両手を胸のまえで打ち合わせて、ありがとうございます! と微笑んだ。
 そのあとで、ニシちゃんが訊いたのだ。
 これから、麗の家にお邪魔してもいいかな? と。
「うちに来るんですか? 大丈夫ですけど、なんで?」
「だって、今日は、うららちゃんのお誕生日でもあるでしょ」
「ふたりにケーキも買ってあるんだよ」
 ハナが、中に四角い紙箱の入ったビニールの袋を掲げながら言った。
 そして、みんなでバスに乗っている最中に、杏莉の提案で、うららにもサプライズをしよう、ということになったのだった。


「「おたんじょうび、おめでとう」」
 納屋の一角にある作業スペースに麗が母屋からストーブを運んできて、そこが即席のパーティ会場になった。
 ニシちゃんがケーキを箱から出し、蝋燭を立てて火をつけた。
 学校の近くの商店街にあるパン屋さんに注文して作ってもらったケーキの上には、飾りつけられたイチゴと並んで、HAPPY BIRTHDAY URARA & URUWA と書いてあるチョコレートのプレートが刺さっている。
 わたし、ニシちゃん、ハナ、杏莉の4人でハッピーバースデーを歌ったあと、うららが16本の蝋燭に息を吹きかけると、そのほかの5人の髪がかき乱されるほどの強さの生臭い風が巻き起こり、わたしたちはひとしきり声をそろえて笑った。
「チキンとかも買ってきたんだよ」
 杏莉がもうひとつの、ジョオ・ヒル・フライドチキンとロゴが印刷されたビニール袋から、円筒形の紙容器を取り出し、ケーキの横に置く。
 すぐに手――と触手――が四方から伸び、バレルはあっというまに空っぽになった。


*****


「おたんじょうび、おめでとう」
 ニシちゃんの家の食堂でテーブルについた瞬間、そんな声とともにケーキを目のまえに差し出され、わたしはとまどった。
 今日は、彼女のおたんじょうびかいに呼ばれて来たのだ。
 それに、いっしょに暮らしているものたち――わたしをどこかから、いま住んでいるところに連れてきて、面倒をみてくれているものたち――に訊ねてみても、わたしのおたんじょうびの日付は、誰ひとりとして知らなかった。
 だって、みんな、自分がいつこの世に生まれ落ちたのかさえ覚えていないのだ。
 だから、わたしのおたんじょうびは、わからない。
 そして、そのことはニシちゃんにも伝えたはずだった。
 なんで?
 わたしが首をかしげてニシちゃんの顔を見ると、彼女は、にこにこ笑ったまま、わたしに言った。
「りいちゃんのおたんじょうびは、ごがつついたちだよ」
「えっ?」
「だれもしらないっていってたから、わたしがかんがえたの」
 わたしは、うながされるままにケーキの上の6本の蝋燭を吹き消した。
 ニシちゃんと、ニシちゃんのパパ――それが、その場にいた全員だった――が拍手をしてくれた。
 次に、ニシちゃんのまえにケーキが置かれ、わたしは彼女のパパのあとについて、何度も何度も引っかかりながらハッピーバースデーを歌った。
「ごがつついたちが、りいちゃんのおたんじょうびだったら、まいとし、いっしょにおいわいできるでしょ」
 切りわけてもらった肉片を自分の皿から口に運びながら、ニシちゃんは満足そうな顔をする。
「あ、でもね」
 彼女は、ちょっと真剣そうな眼差しになって、こうつづけた。
「あたしのほうが、いちにちだけ、おねえちゃんだからね」


 歩いてお堂のある山まで帰るには、もう遅すぎるから、ということで、その晩はニシちゃんの家に泊めてもらうことになった。
「ねえ」
 ちいさな畳の部屋に延べられた布団に隣同士で入って、灯りが消されたあとで、ニシちゃんが小声で訊いてきた。
「おたんじょうび、かってにきめちゃったの、おこってる?」
 わたしは、掛け布団をかぶったまま、首をぶるぶる、と横に振った。
「ううん。うれしかった」


*****


「突然おしかけて、遅くまでごめんね」
 門のところで、ニシちゃんが麗に声をかける。
 わたしたちは、麗たちの家から帰るところだった。
 チキンを食べて、ケーキを食べて、いつもどおりのおしゃべりをして、お菓子を食べて、といううちに、いつのまにか最終バスに近い時間になってしまっていた。
 麗は、わたしたちの顔を見渡して、それから、ぶるぶる、と首を振る。
「ううん、楽しかったです」
 また明日ー、という麗の声を背中に聞きながら、わたしたちは家路につく。 
 雲のない、すっきりと晴れた夜の空に、たくさんの星が瞬いていた。



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*1:H.P. Lovecraft, "The Dunwich Horror," in S.T. Joshi (ed.) The Thing on the Doorstep and Other Weird Stories, Penguin Books, 2001: p. 209. 翻訳文は筆者による。