金曜日
金曜日。私は正午すこしまえに、アーカムの鉄道駅に行った。
12時台の発着は、12時19分着、21分発の上り電車が一本だけ。やたらと大きな駅舎の一角にある待合室は薄暗く、がらんとしている。等間隔に置かれている長椅子には、まばらにしか人が座っていない。
プラットホームからの出口に目を配れることをたしかめながら、いちばん手前の長椅子の、まんなかあたりに腰をかける。合成皮革の座面はひんやりしていた。
五分もたつと、手持ちぶさたになった。そういえば、これから来るはずの人の顔を知らない。もっとも、年格好でだいたいの見当はつくだろう。それに、この時間の電車に乗ってきて、アーカムで降りる人は、そもそもそれほど多くないはずだ。
十分ほどたった。さきほどから、背中に視線を感じるような気がする。けれども、ふりかえって見ても、待合室の奥のほうに2、3人、下を向いて座っている人がいるだけだ。
私が座っている長椅子の、左側の端に、男の人が来て腰をおろした。新聞を広げて読みはじめる。電車が来るまで、まだ15分くらいある。
左のほうからも、視線を感じる。そちらに目を向けると、その瞬間、男性が、新聞の角を立てて、顔をかくしたように見えた。
顔がかくれる直前に、目が合ったような気がする。よどんだ青色をたたえた、ぎょろりとした目だったようにおもえる。
あと5分で電車が来る。うしろで、こつこつこつ、という音。ふりむくと、丈の長いコートを着て、つば広の帽子を目深にかぶった男の人が通っていくところ。
12時19分。電車はまだ到着していない。待合室には人がすこし増えた。背後からも横からも、視線を感じるような気がする。涼しいのに、手のひらが汗ばんでいる。
5分遅れで電車が来た。数人が立ち上がって、プラットホームにむかう。待合室に残ったままの人も何人かいる。左横の男性は、まだそこに座って、新聞のむこうに顔をうずめている。
電車からは、誰も降りなかった。
次の電車は、1時間後までない。しかも、下り電車だ。次の上り電車はおよそ2時間後。
また、かつかつ、という音がして、ふりかえると、さきほどと同じコートの男が、逆方向から来て私のうしろを通過していくところだった。次の電車を待つべきだろうか。
座ったまま、せわしなく足ぶみをくりかえす。誰かに見られているような気がする。
たくさんの視線が、私にそそがれている。けれども、まわりを見まわしてみても、誰とも目は合わない。左隣の男性の持っている新聞が、がさがさと音を立てる。
コートの男が、足音を高らかに立てて、背後を通る。
見られている。私はいたたまれなくなって、立ち上がる。
待合室を出るときに、室内の目という目がすべて、私のほうをぎょろりと向いたような気がした。
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手紙 - アーカムなう。 (ミスカトニック大学留学日記)