私も帰る。

「帰ろう」「いっしょに行こう」


そんな声が私の頭の中でくりかえされるようになったのは、ここ数日のことだった。
それは、5年ほど前、桜島フェリーにひとりで乗っていたときに聞いたものにとてもよく似ていて、母や父に呼びかけられているかのように、私になつかしさをおもいおこさせる。
あのとき、私はその声にしたがわなかった。けれども、そうしなかったことを、最近すこし後悔しはじめていた。
私のその想いに呼応するように、声はくりかえす。


「いっしょに行こう」「帰ろう」


だから、私は、今度は応えることにしたのだ。その誘いに。


どこに帰ればいいのか。誰にも教えてもらったことはなかったけれども、それは、私の身体が知っていたようだ。
車に乗り、北へ向かう。
インスマスの港。
以前おとずれたときに湧いてきた、理由のわからない郷愁にも、いまは説明をつけることができる。
「私」が郷愁を感じていたのではないのだ。私の中にある、種族としての記憶が、感じていたのだ。


私の先祖は、ここに住んでいた。
インスマスの町に、ではない。湾に黒い影となって浮かんでいる、岩だらけの小島の下、海の深いところに。
いまはそこにはだれもいないことも、私にはわかっている。
けれども、そこへいけば、その先は誰かがみちびいてくれるだろう。
彼らが移り住んだ場所へ。
私が「帰る」べき場所へ。


私は岸壁の近くに車を止めた。
靴を脱いで、堤防の上に置き、素足になる。
それからゆっくりと、積みかさねられたテトラポッドをつたって、水際まで下っていった。


そろりと伸ばした足の指先が、静かにたゆたっている水面に触れる。



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注:このダイアリー内の記述は、基本的にフィクションです。マサチューセッツ州アーカムミスカトニック大学は、H.P.ラブクラフト(および他の作家)による、一般に「クトゥルー神話(クトゥルフ神話)」系と呼ばれている小説などに登場する架空の土地、大学であり、実在しません。詳しくはこちらをお読みください。クトゥルー神話系のネタは、主に[学校生活]、[アーカム案内]カテゴリにあります。ほかにはInnsmouth行ってきましたや、夢の話あたり。

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